中小企業地域集積のDX化における地域間連携推進フォーラム 〈地域 と ものづくり中小企業 その目指す未来は… 〉(2023年度 活動報告書)

2024年3月
一般財団法人 機械システム振興協会

目次

1.はじめに
2. 中小企業地域集積の形成理由とその強み
3. 燕市、大田区、東大阪市の歴史と現状
(1)地域集積形成の歴史的経緯
(2)現状
4. 3地域における中小企業の取り組み
(1)地域のプロジェクト活動
(2)デジタル化への取り組み
(3)より大きな付加価値を求めて
5. デジタル化を地域レベルの動きに
6. 地域を超えたデジタル化へ
7. 今後のアクションプラン ~全国をカバーしたホームページの作成~
8. 最後に

1.はじめに

 日本経済の特徴の一つとして中小企業が多数存在することが挙げられる。しかも産地と呼ばれる、中小企業が集積した地域が数多く存在してきた。

 当協会では、2022年度に、この産地の中の代表ともいえる新潟県燕市において、金属加工業の中小企業がデジタル技術を使って集団活動を行っていることに着目し、企業関係者、行政、有識者からなる「中小企業地域集積のDX化フォーラム」(検討委員会)を立ち上げ、1年間にわたって議論を行った。その結果を報告書注1)にまとめるとともに、2023年3月には燕市において成果報告シンポジウムを開催した。

 2023年度は、中小企業集積について、デジタル化、DX化による連携という切り口で、燕市、東京都大田区、大阪府東大阪市の3地域を対象に取り上げ、それぞれの現状、将来の夢、デジタル化、連携の可能性について新たなフォーラムにおいて忌憚のない議論を行った。フォーラムのメンバーは【表1】のとおりである。

 フォーラムでの議論の内容は以下で詳述していくが、いずれの地域においても現状についての問題意識を持った企業関係者、行政、関係団体が積極的な取り組みをされており、次のステージへの模索が行われている。その意味でこれら3地域は、ものづくり中小企業による地域集積のフロントランナーといえるだろう。

 なお、具体論に入る前に、誤解のないよう本報告書におけるデジタル化とDX化の定義を下記の通り明らかにしておく。

デジタル化とは企業における業務の各プロセスの実行、記録にデジタルデータを使用することであり、DX化とはデジタル化に基づいて従来のビジネスモデルを拡充、変革することを意味する。
  • 注 1:「中小企業地域集積のDX化構想フォーラム ~燕はどこへはばたくのか~(2022年度活動報告書)」、https://www.mssf.or.jp/info105/



表1中小企業地域集積のDX化における地域間連携推進フォーラム 委員名簿

  氏 名               所 属                 区 分
大場 善次郎東京大学 名誉教授
地域CPS研究所
委員長   
若井 直樹燕市役所 産業復興部長燕地域    
山後 春信株式会社新越ワークス 取締役会長
公益社団法人つばめいと 代表理事
株式会社つばめいと 代表
燕地域     
本間 尚貴有限会社本間産業 代表取締役
燕商工会議所 工業部会長
燕地域      
大木 康宏
(荒井 大悟)
大田区 産業経済部長
(大田区 産業振興課 産業調整担当課長)
大田地域  
土場 義浩一般社団法人加熱技術協会 理事長大田地域
坂田 玲璽株式会社上島熱処理工業所 技術部長大田地域
尾上 雄右
(辻尾 博史)
東大阪市 都市魅力産業スポーツ部長
(東大阪市 都市魅力産業スポーツ部 モノづくり支援室長)
東大阪地域
戸屋 加代株式会社マチココ 代表取締役東大阪地域
田中 聡一近畿工業株式会社 代表取締役東大阪地域
片岡 晃デジタル・クロッシング・ラボ 代表
(前独立行政法人情報処理推進機構 社会基盤センター長)
専門家
田野 存行株式会社エキスパートギグ 代表取締役専門家
橋本 久義政策研究大学院大学 名誉教授専門家
相澤 徹一般社団法人機械システム振興協会 専務理事専門家

2. 中小企業地域集積の形成理由とその強み

 なぜ中小企業集積、産地は形成されたのだろうか。
一口に企業集積、産地、地場産業、企業城下町等々といっても、個々のケースを見ていけばその多様性に驚かざるを得ない。

 業種を見ても金属加工、鋳物、繊維、眼鏡、履物、筆など、実に多彩である。
 我が国ではこれまで個々の産地についての調査研究は行われているが、どちらかと言えば経済地理的観点のものが多く、対象の多様性のためなのか日本の具体的な地域集積を対象にして企業の連携や競争力といった観点から理論的に分析した研究は多くないように思われる。

 地域集積についての学問的分析は、アルフレッド・マーシャル注2)にまでさかのぼる。マーシャルは、地域集積の経済的メリットを分業による効率化と知識のスピルオーバーの2つによる外部経済性に求めていた様である注3)。現代においては、ハーバードビジネススクールのマイケル・ポーターのクラスター理論注4)が有名である。ポーターの念頭にあったのは米国シリコンバレーの様な知識のスピルオーバーからイノベーションが発生する地域ではなかったかと思われるが、こういった分析の視点は、日本の地域集積にも相通じるところがあるのではないかと考えられる。

  • 注2:アルフレッド・マーシャル(馬場啓之助訳)「経済学原理Ⅱ」、東洋経済新報社、1966年(原著初版発行は1890年)
  • 注3:藤野洋「新しい産業集積としてのクラスターによる地域活性化-多様な主体と連携のためのクラスター・マネジメントの重要性」、商工金融(2016年7月)山崎朗「産業クラスターの意義と現代的課題」、組織科学、vol.38、No.3:4-14(2005年)
  • 注4:マイケル・E・ポーター(竹内弘高訳)「競争戦略論Ⅱ」、ダイヤモンド社、1999年


 以下では学術的な詳細には立ち入らず、先学の知見も参考にして我が国地域集積の形成理由を整理したい。

 まず第1に、何といってもサプライチェーン上の地理的優位性が挙げられるだろう。原材料、部材の供給地への近さや最終顧客への近さという点は、交通、輸送手段に大きなコストがかかった時代には、立地場所、集積場所の選定において重要な要因であった。

 第2に、いわゆる「ショーウインドー効果」が理由として挙げられる。
 顧客からすれば、洋食器ならばここ、眼鏡ならばあそこ、というように、決まった場所に、取引先候補として比較可能な企業が複数存在しており、しかも地域、企業に歴史・信用があって、発注を出す上での安心感を有するというメリットがある。
 これは企業間での取引コストを軽減できるということであり、新規に発注先を探す際のサーチコストも極めて低い。 

 第3に、地域内で分業体制が形成される場合が多く、効率的な生産体制を構築することができる。必ずしも分業体制が無ければいけないということではないが、分業体制が確立されれば地域集積として強みが増すことになるだろう。

 第4に、集積することにより地域企業にとっては経営を行っていく上での情報コストが低くなる。
 インターネットなどでは入手が難しいリアルな業界の動き、現在、将来において求められる技術の動向、統計数字では得られないその時々の需要の変化等についての生きた情報を入手するコストが、単独で立地している企業よりはるかに低くなる。
 新しい技術の伝播も技術の研鑽も容易であり、隣近所を見れば自社の属する業界で要求される技術水準も分かる。

 第5に、地域内での人的信頼関係、ネットワークが出来上がっている。
 経営者同士が、また職人同士が共に育ってきた環境にいる訳であり、強い信頼関係が出来ている。これは前述の分業体制の構築にもつながるファクターである。
 
 第6に、設備の譲渡が容易で、職人、従業員の企業間での移行もスムーズに行われるなど、地域内で企業の新陳代謝が比較的容易に行われる環境がある。それが地域に活力を与えている。

 第7は、個別企業の枠を超えて地域としてまとまることにより、人材育成をはじめ、各種の政策と連携する力がつくということである。

 上記のうち、第1、第2の理由は顧客側から見たメリット、第3~第7の理由は集団内でのメリットといえるだろう。

3. 燕市、大田区、東大阪市の歴史と現状

 3地域とも歴史的経緯を背景に金属加工業を中心に中小企業が数多く集積しているが、いずれも現在は、グローバル競争、少子高齢化の中で、事業所の減少、人手不足、技術の伝承など同様の課題を抱えている。

 そういった厳しい環境の中で、それぞれの地域が現状打破のために何らか集積としての活動を行っているところであり、全国の中でも積極性のある地域として際立った特徴を有している。

(1)地域集積形成の歴史的経緯
 燕市では約400年前に農家の副業として始まった和釘の生産をもとに1910年代から金属洋食器の生産がスタートした。その技術をベースに金属加工業が発展してきた歴史を持っており、金属加工業の中で進んだ分業体制が構築されている。

 大田区では関東大震災で壊滅的な打撃を受けた都心部からの工場移転により金属関連産業の集積が進んだ後、戦時中の軍需産業や自動車産業を中心に高い技術力を持つ町工場が発展してきた。

 東大阪市では河内鋳物の流れをくみ江戸時代以前から鋳物業が発展し、また江戸時代に生駒山麓の急流を利用して伸線業が発達した。更に、明治期に衰退した木綿の繊維業から他産業への転換が行われた。これらに加え、大阪市内からの工場移転もあって、多種、多様、多数の工場が集積することとなった。

 こうした歴史的背景から3地域は現状でも多数の製造企業が集積している。

(2)現状
 2021年の経済センサス調査を見ると、製造業事業所数は東大阪市で5,564事業所、大田区で3,584事業所、燕市で1,708事業所とそれぞれ全国5位、7位、31位になっている。その内訳をみると、3地域とも金属製品製造業が第1位、生産用機械器具製造業が第2位であることは同じだが、大田区と東大阪市で金属製品製造業が全体事業所数に占める割合が2割台であるのに対して、燕市では約6割を占めている【図1】。燕市では、和釘から金属洋食器へと産業のルーツが金属製品であったことが要因と考えられる。

 また時系列で比較注5)するとバブル期(1991年)に比べ2021年の事業所数は3地域とも大きく落ち込んでいる表1。東大阪市では48.8%減少、大田区では63.6%減少、燕市では53.9%減少している。
 従業員数の推移をみると東大阪市で40.6%減少、大田区で70.5%減少、燕市は32.9%減少となっており、燕市の落ち込みが少ないことが分かる。
 更に製造品出荷額(従業者4人以上の事業所)の推移をみると、2021年に東大阪市で1兆762億円、大田区で4,345億円、燕市で3,939億円となっている。それぞれ、1991年に比べ、46.9%減、75.4%減、13.9%減となっており、ここでも燕市の落ち込みが少ない。燕市では、製造業以外への事業転換が難しかったこと、地域内分業が進んでいるのでM&Aなどにより従業員の受け入れが行われてきたことなどが要因と考えられる。
 いずれの地域でも若者の製造業離れ、人手不足、後継者難で廃業が続いているものと思われる。

  • 注5:燕市では、平成18年(2006年)に吉田町、分水町との市町合併が行われているので、ここでの比較は1市+2町の数字を使って行うこととする。



【図1】製造業 業種別事業所数
出所:令和3年経済センサス‐活動調査を基に作成

表13地域における製造業の比較

地域区分H3H24H28R3R3/H3
東大阪市事業所数10,8686,5465,9545,56451.2%
従業員数106,17565,64962,99763,10559.4%
大田区事業所数9,8454,9334,2293,58436.4%
従業員数114,05644,26837,37633,65929.5%
燕市事業所数3,7092,1361,9401,70846.1%
従業員数27,00218,49418,76518,11067.1%

出所:経済センサス‐活動調査(平成24年、平成28年、令和3年)
平成3年事業所・企業統計調査 都道府県編
注:平成3年の燕市のデータには、旧吉田町、旧分水町を含む

4. 3地域における中小企業の取り組み

(1)地域のプロジェクト活動
 各地域ともこれまで積極的に、シンボルとなるようなプロジェクトを実施しており、著名なものも多い。
 大田区では2011年にスタートした「下町ボブスレー」がある。これは町工場の技術を結集してボブスレーを製作し、オリンピックに出場させようというプロジェクトであった。オリンピックの夢はかなわなかったものの、現在でも欧州のチームへ機材の提供を行っているとのことである。
 また東大阪市では2002年から地元企業による宇宙衛星の研究会がスタートし、2009年にはJAXAの協力のもと、「まいど1号」という名称の衛星が打ち上げられた。
 燕市では2016年に公益社団法人「つばめいと」が、2020年には株式会社「つばめいと」がそれぞれ設立され、インターン学生の受け入れや地域の企業従業員の研修などを行っている。公益社団法人はインターン学生の受け入れなど公益性のある事業を、株式会社は後述するFACTARIUMのように、よりビジネスに近い事業を行っている【図2】


【図2】「公益社団法人つばめいと」と「株式会社つばめいと」の概要

 更に、燕市、大田区、東大阪市では、それぞれオープンファクトリーという形で工場の現場や製品を広く一般に公開し、ものづくりに関心を持ってもらおうとするイベントが毎年続けられている【図3】

図3】おおたオープンファクトリー2023
出所:「OTA OPEN FACTORY」HP https://o-2.jp/mono/oof2023/

 個別企業の企画として、東大阪市の株式会社MACHICOCOでは、多くの地域関係者が参加してミニ四駆大会を開催し、ものづくりへの子供の関心を高める一助としている【図4】
 その背景には、ものづくりが子供から遠い存在になっているという危機感がある。

【図4】製造業&学生対抗 ミニ四駆大会
出所:MACHI COCO HP
https://www.machicoco.co.jp/archives/newevent/27029

 いずれの地域でも、企業が集まって地域的な活動をしようという気風が醸成されているのが特徴である。
 これらの活動は従業員のモチベーション向上やモノづくりに対するマインドセットの醸成に役立つほか子供、若者の関心を高めるという点で大きな効果がある。
 一方で、単発のプロジェクトで終わらせずにいかに次のステージにつなげるか、どうしたら活動の継続性を保つことが出来るのかという課題を有している。

(2)デジタル化への取り組み
 最近、燕市、大田区でデジタル技術を使って集団でビジネスをしようという動きが出てきている。

1)燕市の取り組み
燕市では、2022年度から地方創生交付金を利用してSFTC(Smart Factory Tsubame Cloud)という、地元で取引関係のある企業の中での共同受発注システムを作り、参加した企業の間でペーパレス化、事務処理の簡素化を狙った取り組みが行われている。

2)大田区の取り組み
大田区では、以前から「仲間回し」(近所の工場にそれぞれの得意な工程を担ってもらい、みんなで製品を作り、納品していくという方式)という文化があった。これをもとに、大田区役所がデジタル受発注プラットフォームの構想を立案し、地元企業と検討を行った上で、仲間まわしの中心となる企業として合同会社I-OTA(インタラクティブ、アイデア、イノベーションそして愛という4つのIと大田区というコンセプトのネーミング)が設立された。そして後述する株式会社テクノアのプラットフォームシステムである「プラットモノづくり」を利用して事業がスタートしている。これは2022年度に燕地域を対象として取りまとめられた「中小企業地域集積のDX化構想フォーラム」の報告書で提案されていたモデルと基本的に同様の考え方である。

 以下に同報告書の該当部分を掲載する。

<2022年度報告書 抜粋注6)

  • 注6:「中小企業地域集積のDX化構想フォーラム ~燕はどこへはばたくのか~(2022年度活動報告書)」、P.21~22、https://www.mssf.or.jp/info105/

 企業集積としてのデジタル化・システム化が出来れば、あたかも一つの仮想的な工場・企業が出現したことになるが、この仮想工場は技術、ロット数、品質、デザインなどユーザーの多様なニーズに柔軟に対応しうるユニークな存在となろう。
 個別企業から集積へと変化すれば、ビジネスモデルの変革、DX化に到達したと言えるのではないだろうか。
 この仮想工場・企業をいかに作り上げ、どこに新しい商機を見出していくかは、正に経営者達のアニマルスピリットの問題であり、予め想像することは難しいが、一般論として、事例も含めて以下のような姿も考えられるであろう。

i) 各企業の強みを持ち寄り、企業集団として外部からの注文に対応する。
 この場合、外部からの注文に対して窓口となり、技術をどう分担するかの検討、作業分割の調整を行う何らかの組織、ヒトが必要になる。
 東京大田区の伝統的企業集積では、地域内の町工場と連携して、大企業研究所からの相談を受けて開発試作を行うサンケイエンジニアリング株式会社が既に活躍しているところである。
 さらに東京に本社をおくキャディ株式会社では金属加工品の自動見積システムを備えた受発注プラットフォームにより、発注企業と加工企業の間の受発注のマッチングを行っている。

ii)国際的なブランディングを積極的に行う。
 これは上記の窓口となる組織や地域を代表する組織の重要な仕事の一つになる。
 国内の発注に対応するのみならず、技術力を国際市場で売っていくことがこれから生き残る一つの方策になるであろう。
 海外向けのアウトリーチは、英語のサイト立ち上げにより、台湾などのアジアのみならず欧米の新興企業なども広く狙うべきであろう。

iii)メンバー企業の稼働状況に応じ仕事の割り振りを行い、受注の平準化を図る仕組みを作る。
 愛知県の株式会社ウチダ製作所では、地元や全国の複数の金型メーカーとデジタル技術を使って連携して企業連合を作り、金型ユーザーに対して最適の金型メーカーの選定、金型の設計、品質保証・メンテナンスサービスを企業連合として一体的に提供している。この中で仕事量を最適に割り当てる仕組みが構築されている。

iv)データを蓄積、分析することにより、顧客に対する提案型営業を行う。

v)以上から得られた知見・ノウハウ(集積としての活動、技術分担のやり方、プラットフォームのシステムなど)を使い、他の企業や地域集積へのコンサルティング事業、システム・ノウハウの販売を行う。
 京都府の株式会社ヒルトップは、自動車部品を量産する町工場だったが、機械加工の職人の技を長年にわたって数値化し、CAD/CAMでの一貫生産とデジタル活用で24時間無人稼働を実現した。それにより、量産工場から部品を素早く生産する試作部品メーカーへと業態をシフトしている。また、同社では、AIを用いた加工プログラム自動作成システムを開発し、クラウド上でエンジニアリング・サービスを展開している。
 神奈川県の株式会社ログビルドでは、住宅建設で設計図など紙媒体のデジタル化、注文相談から完成までのシステム化などを実現し、その経験を踏まえ他社へのコンサルティングを事業に加えている。
 また、フォーラムの議論では、実際の経験談として、自社でのデジタル化の取り組みから工夫を重ね、最終的に独自開発した設備の稼働監視用タブレットを外販するまでに至った事例も報告された。

3)共同での受注システム
企業グループの中心となる企業(インテグレーター)が外部から注文を受け、その製造作業をグループ内の企業が分担して行って注文に対応していくというやり方は、これまでにもアナログやシステムを使って試みられているケースがあった。その仕組みの概念を図示すると【図5】のとおりであり、以下では便宜上Two Layer Modelと呼ぶこととしたい。

図5】Two Layer Model

 この仕組みには、経営資源の乏しい中小企業が集団化により新たな可能性を見出すことが出来るというメリットがあり、具体的には、個々のものづくり企業では持つことが難しい営業力、企画力を補完することが可能となる。

 しかし、同時に、このTwo Layer Modelが持つ課題も下記のように指摘されている。

①インテグレーターの役割 
 このモデルが回っていくためには、インテグレーターに技術力、営業力、組織力などの多方面の能力が求められる。また時間的にもインテグレーター専業でないと難しく、トラブルが起きた時の責任も大きい。地域の中小企業がまとまってこのモデルを実施する場合、情熱のあるインテグレーターがいれば全体の仕組みが回っていくが、いつまでもその情熱に頼る訳にはいかない。

②品質保証の責任、横持ちの負担、システムの維持・運用
 工程毎に分担をしていった時に、最終製品の品質保証をどうするのか。工程間の輸送費の負担をどうするのか。また、システムの維持・運用をどうしていくのか。インテグレーターの負担と割り切れば良いのか。

③仕事の割り振り
 インテグレーターが仕事を割り振っていった時に、仕事量等で仲間内の不満がでないか。メンバー企業の技術力等の違いからすれば必ずしも平等の扱いをすることは出来ないのではないか。公的機関は、その性格上、インテグレーターとして仕事の割り振りを行っていくには限界があるのではないか。

④個社システムとプラットフォームの二重投資
 Two Layer Modelをデジタル化してプラットフォームにするとした場合、個社の既存システムがあるところでは二重投資になるので、新たなコスト負担を問題視して、参加する企業は多くないのではないか。

4)一方、Two Layer Modelあるいは、それに類似したビジネスを既に全国ベースで展開している企業が複数存在する。

①株式会社テクノア 
大田区が動かしているデジタル受発注プラットフォーム事業が利用しているシステムである「プラットモノづくり」を構築し、展開している。テクノアは、システムを用意し、これをインテグレーターを中心とした企業グループが利用するという仕組みとなっている。
ホームページ: https://www.technoa.co.jp/
プラットものづくり:https://platto.technoa.co.jp/
②株式会社NCネットワーク
東京の下町の製造業9社が集まって1998年に起業し、全国、海外をマーケットに工場向けネットワークサービスを展開している。
ホームページ:https://corporate.nc-net.com/
③キャディ株式会社
2017年に起業し、製造業に特化した受発注プラットフォーム「CADDi」を全国、海外で展開している。自らがインテグレーターとなり、会員企業と一緒に外部からの注文に対応していくスタイルである。
ホームページ:https://caddi.com/
④半田重工業株式会社
同社では、「Factor X」という名称で、工業系特化型の総合マッチングプラットフォームを運営している。
ホームページ:https://hanju.co.jp/
Factor X:https://www.factorx.jp/
⑤一般社団法人京都試作ネット
「顧客の思いを素早く形に変える」をコンセプトに、2001年に京都府の中で中小企業10社が共同で立ち上げた組織で、試作に特化したソリューション提供サービスを行っている。現在37社が参加している。
ホームページ:https://kyoto-shisaku.com/
⑥EMS-JP
電子機器を中心に、独自のWebサイトやSNSを活用して中小企業の受発注などを仲介するコンソーシアム(会員130社)である。
ホームページ:http://www.ems-jp.net/

(3)より大きな付加価値を求めて
 3地域などの中小企業からヒアリングをすると、従前のような下請け体質から脱却し、より大きな付加価値を求めてビジネスのやり方を変えようとする動きが出ていることが分かる。「価格」ではなく、「価値」で勝負しようという考え方である。
 すなわち、持ち前の企画提案力を生かし、サプライチェーンの上流(より最終顧客に近いところ)、すなわち企画開発分野でビジネスを展開しようとする動きである。
 このコンセプトでビジネスを進めようとしているのが、個社ベースで言えば、大田区の株式会社サンケイエンジニアリング、東大阪の株式会社MACHICOCO(マチココ)、あるいは3地域ではないが墨田区の株式会社浜野製作所などである。
 特にマチココでは、外部から相談のあった案件に応じて専門技術を持った友人企業を集めてアイデアを練るという、プロジェクトマネジメント力を発揮するビジネスモデルをとっている。
 こういう動きが出てくる背景の一つには、最近、大企業でも企画開発、工程設計でのオープンイノベーションを求める動きがあり、外部のアイデア、知見を自社における新たな価値創造のテコとして取り込みたいという要求があるものと思われる。
 また上記の個社ベースの取り組み以外に、大田区の合同会社I-OTAにおいても図面なしの顧客を相手にする「モノアイデア構想企画」というビジネスを実施中である【図6】


【図6】モノアイデア構想企画
出所:I-OTA HP https://i-ota.jp/business/#business-blue

 前述の(一社)京都試作ネットも同様の考え方をとっていると思われる。
 こういった事例を見ていくと、中小企業地域集積においては、I-OTAやマチココのように、異なる企業からヒト・チエを集めてアイデアを出していくというビジネスモデルに適した条件が備わっており、サプライチェーンの上流部分に入って強みを発揮できるのではないかと考えられる。

 なぜなら、中小企業集積は製造の技術者集団であり、生産現場の実地経験に基づいた発想、知恵出しが可能だからである。
 また、地域内の他社の技術力、責任感に対する仲間内での信頼感があり、ワイガヤ精神からアイデアの創出力に富んでいるという強味がある。
 アイデアを出すこと以外にも、顧客企業の製造プロセスにおける品質管理へのアドバイスサービスを技術者集団たる地域中小企業グループが事業として行うことも考えられる。
 地域集積はまさにこれらの新しいビジネスモデルに合致する条件を有している。
 更に、仕事の受発注を行うためのプラットフォームとは、システムの内容が異なるものの、企業が集まって集団で企画開発機能を発揮する事業も、デジタル技術によるプラットフォームを使うと効果が大きいと考えられる。

5. デジタル化を地域レベルの動きに

 3地域を見ていくと、プラットフォームシステムの構築や運用の中心となりうるような、デジタル技術に熱心な企業が一部には見られるものの、地域全体としてはまだまだ多くの中小企業で本格的取り組みには至っていないと言えよう。
 しかし、個別企業でのデジタル化という最初のステップが進展しないと地域集積レベルでのデジタル化の検討は進まない。

 では中小企業の地域集積のデジタル化を進めるにはどうしたら良いのであろうか。
(1)まず、個々の企業のデジタル化を進め、全体の底上げを図ることが必要である。
そのためには、燕地域を対象とした「中小企業地域集積のDX化構想フォーラム」の報告書注1)で指摘したように、
 ①業務フロー分析によって業務ネックを見える化し、どこを改善するべきかを検討する。
 ②製造業でデジタル技術によって何が出来るかを理解する【表3】
 ③外部に頼ることなく、まず、社内でのデジタル人材候補を発掘すること。その際、若手、経理担者が有望な人材となることに留意する。
 ④あせることなくsmall start、quick winの認識をもって進むこと。
以上のようなデジタル化への4つの要諦を企業の経営者が認識することが重要である。
 企業経営にとって、デジタル化はツールであって、目的ではないと理解し、試行錯誤でやっていく意欲を持つことが必要である。

【表3】製造業でIoTによってできること


出典:松林光男監修、川上正伸、新堀克美、竹内芳久編著「イラスト図解 スマート工場のしくみ-IoT、AI、RPAで変わるモノづくり-」、日本実業出版社、P.123を基に作成

(2)ヒアリングした大田区の実例で新たに分かったことは、経営戦略とデジタル技術の両方のアドバイスを合わせた経営コンサルティングの重要性である。
 同区では、中小企業診断士の資格を持ったIT技術者が経営指導を行って効果を発揮しているが、企業の将来像や戦略の議論の無いところでデジタル技術導入の話をしても実効性のあるものにはつながらないことが分かる。 
 経営戦略とデジタル技術を併せもったコンサルティングを行うことにより、効果的に個々の中小企業のデジタル化が進むといって良いだろう。

(3)地域集積全体としては、下記のようなことを認識する必要がある。
① デジタル人材の育成、確保が重要であり、地元の高校、大学、高専からのインターンシップの受け入れや、これら教育、研究機関の研究者、教員の研究テーマを発掘するとともに、産業界から提案するなど、産学連携の仕組みを考えることが重要である。
② 急速に発展しているデジタル化から目を離さない継続的な取り組みを地域集積として行うことが必要である。ローコード、ノーコード開発の勉強や企業内のどの分野からデジタル化に手をつけるべきか、業務改革や技術進展に伴ってシステムの保守・運用をどうするかまで検討を行う場が重要である。
③ 小学生から大学生までを対象としたモノづくり人材育成事業で地域のモノづくり人材確保を目指すことが重要である。
④ SIerやインダストリアルエンジニアリング専門家が製造現場を実際に見て、伴走型でアドバイスを行う仕組みが有効である。

(4)新たなプラットフォームを整備するといっても、既存の個社システムとうまくインターフェースが出来るのか、二重投資になるのではないかという議論がある。この問題は、これまで、コストがかかるからプラットフォーム的なデジタル化は無理だとする口実に使われてきたのではないだろうか。あいまいな概念でデジタル化を思いとどまるのではなく、一歩進んでプラットフォームと個社システムの相性を調べ、インターフェースを担うAPI(Application Programming Interface)を利用することによる連携の可能性も検討してプラットフォーム利用の費用対効果を検証することが必要であろう。可能なところから実際に取り組んで、関係者の理解やコスト・アンド・ベネフィットに関する実感を深めながら、対象範囲を拡大していくなどの着実な取組みが肝要である。まずは議論を前に進ませよう。

(5)Two Layer Modelの課題として挙げられていた品質保証の問題については、グループ内で共通の作りこみ作業標準、品質管理基準を用意するとともに、抜き打ちでのサンプリングチェックを行うなどすれば、解決されるのではないだろうか。

(6)これまでデジタル技術でビジネスモデルを変革するDX化(デジタルトランスフォーメーション)がさかんに唱えられているが、中小企業の場合、その事例は極めて数が少ない。しかし、本フォーラムで議論したようにデジタル技術を使って「個社から集団へ」あるいは「下請け型から企画提案型へ」というビジネスモデルのパラダイムシフトが実現できれば、これは正にDX化そのものといえよう。

6. 地域を超えたデジタル化へ

(1)今年度フォーラムの成果の一つは、各々の地域で何をやっているのか情報交換が実施できたことである。
 中小企業集積について地域行政機関の連絡組織は過去に存在したことがあったが、異なる地域の企業関係者が顔を合わせ意見交換する機会はこれまで少なかった。
 今回はデジタル化への対応など共通の課題認識があったから意見交換が実現できたのである。
 今後も今回のフォーラムのようにデジタル化、プラットフォームといった切り口で様々な地域の企業関係者による意見交換会や勉強会を行えば効果が期待できる。地元や他地域の人材、事業者を積極的に取り込むのである。他の産業、一般消費者など異なる立場の人の意見が融合すれば、そこからイノベーションの芽が生まれてくるだろう。

(2)大田区では2024年度からデジタル受発注プラットフォームを全国に展開すべく活動を行っている。具体的にはテクノア社の「プラッとものづくり」へ全国から企業や企業グループの参加を募り、その範囲を広げていくことになるが、まずは簡略版として全国各地の自治体などの公的機関に受注あっせんを依頼するシステムをスタートさせるとしている。

(3)3地域においては、このデジタル受発注システム拡大の進捗を見つつ、同時並行的に地域の境界を超えた連携の姿を考えることが必要である。
 例えば、全国的なレベルで仕事の仲間まわしをプラットフォームにより行うことのコンセプトをさらに深堀りする。
 また、付加価値の高い企画開発機能の強化を目指し、更にこれをデジタル技術、プラットフォームで可能にする仕組みを検討することも求められる。
 
 デジタル化で連携していく前提としては、何といっても人と人とのリアルのネットワーク、リアルベースの信頼関係の構築が必要であり、 その上でデジタル技術を使ってネット上で連携して効率を上げていくのが望ましい。ネット上で距離の制約を超えたワイガヤをしていくのである。

7. 今後のアクションプラン ~全国をカバーしたホームページの作成~

 地域の連携を具体化していくプロセスはまだまだ先が長いことを考えれば、具体的な第1歩は、各地域のホームページに入っていくゲートウェイとなる「日本中小企業ものづくりの窓口」(仮称)というサイトを開設することではないか。

 また、ここを起点に各地域の中小企業が参加する各種イベント(講演会、研修会、意見交換会、ビジネス紹介)を行い、どこにどういう企業がいて、何をやっているのか、何を考えているのかを知っていくことも重要だろう。

 対外的なPR、広報として各企業の製品、技術の紹介もこのホームページで行いたいが、取引先との関係もあるので、まずは燕のFACTARIUM【図7】のように、ホームページ上で各経営者が思いのたけを語るだけでも良いのではないか。

<FACTARIUM全体の仕組み>



<FACTARIUM 経営者によるプレゼンテーション>

図7】FACTARIUMの仕組み

 これにより学生を含め多くの人に、ものづくり、製造業、地域集積に関心を持って貰うことが出来るだろう。域外の人材との交流によって新しいチエを生み出していかねばならない。

 また、英語を始め外国語への変換は今やAIを使えば自由自在の世の中になっているので、このホームページから海外への発信も行い、世界から関心を持ってもらうことも可能になる。日本の地方、地域を世界に直結させるのである。
 既存の Two Layer Model のインテグレーターが海外進出しているのは、技術力のある製造のにない手を求めるニーズが海外にあるからであり、地域集積もそこを狙っていくべきであろう。
 さらに、このホームページ作りを学生にまかせ、次世代の発想で発信していくことも有望なアイデアである。

8. 最後に

 今や企業の競争力はサイズの問題ではなくなりつつある。特にデジタル化の時代を迎え、技術や知識を持って、それを活用できる企業こそが強みを発揮する。我々がヒアリングした中小企業の中には、Qualityで競争力を持っているので、Cost や Deliveryでの勝負はしないとするところもあった。
 中小企業は経営トップのリーダーシップが効きやすいだけに、瞬発力に富んでおり、これからの激変するマーケットの中で飛躍する可能性が大きい。
 歴史的に形成された地域集積、産地は、既に経済活動の一定の厚みという優位性をもっており、集団として新しい技術、知識のネットワークを使っていけばビジネスはさらに進化し、地域の活性化につながっていく。
 世界的なサプライチェーンの再構築の動きや生成AIなどデジタル技術の目まぐるしい発展により、これから過去に見たことのない新たな地平が我々の眼の前に現われてくる。その中で日本の地域集積が更なる活躍をし、地域が活性化するよう期待したい。

(以上)

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