令和5年度 第1回 機械システム・イノベーションセミナー(2023年9月6日(水) 10:30~12:00 オンライン開催)の 講演サマリー
©2023 Toru Maegawa
(本コンテンツの著作権は、前川 徹 教授に帰属いたします。)
【目次】
- DXの本質
- DXによるビジネスの変容
2-A. プラットフォーム・ビジネス
2-B. 所有から利用へ(シェアリングエコノミー、サブスクリプション)
2-C. 最適化
2-D. データ駆動(データ・ドリブン)
2-E. 自動化 - DXをどう進めるか
講師プロフィール
1. DXの本質
1.1 デジタル・ディスラプション
デジタル技術の普及によってもたらされるイノベーション、既存の商品・サービス、ビジネス、産業が破壊される現象
Uber:世界最大のタクシー会社は、車を1台も所有していない!
Facebook:世界で最も人気のあるメディアは、自分でコンテンツを作っていない!
Alibaba:世界で一番時価総額が大きい小売業は、在庫をいっさい持っていない!
Airbnb:世界最大の宿泊サービス企業は不動産を保有していない!
(出典)Tom Goodwin ”The Battle Is For The Customer Interface”, 2015.3.3, TechCrunch 等を基に作成
(https://techcrunch.com/2015/03/03/in-the-age-of-disintermediation-the-battle-is-all-for-the-customer-interface/)
1.2 デジタル・ディスラプションの構図
1.3 日本の媒体別広告費の推移
データの出典:電通「広告景気年表」(http://www.dentsu.co.jp/knowledge/ad_nenpyo.html)
1.4 新聞社の売上高の推移
出典:日本新聞協会(https://www.pressnet.or.jp/data/finance/finance01.php)から筆者作成
1.5 新聞の発行部数の推移
出典:日本新聞協会(https://www.pressnet.or.jp/data/finance/finance01.php)から筆者作成
1.6 DXの定義
デジタル技術によってもたらされる、生活のすべての面での変化
(the changes that the digital technology causes or influences in all aspects of human life)
出典:Stolterman E., Fors A.C. (2004) Information Technology and the Good Life.(https://www8.informatik.umu.se/~acroon/Publikationer%20Anna/Stolterman.pdf)
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
出典:経済産業省「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver. 1.0」2018年12月、(https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf/)
1.7 経済産業省のDXレポートの誤解
- 2018年9月、経済産業省が「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」を公表
- 「DX=レガシーとなっている情報システムの刷新やクラウド化」という誤解が発生
- レガシーシステムの刷新は、DX推進の前提条件
「既存のITシステムを巡る問題を解消しない限りは(中略)DXを本格的に展開することは困難である」
出典:経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」平成30年9月7日、p.4
1.8 最初のDXレポート
- DXの足かせとなっている既存システム(同 p.6, 2.2.1)
JUASのアンケート調査によると、約8割の企業が「レガシーシステム」を抱えており、約7割が「レガシーシステム」が自社のデジタル化の足かせになっていると回答している。 - 既存ITシステムの崖(2025年の崖) (同 p.26, 2.6.2)
あらゆる産業において、新たなデジタル技術を活用して新しいビジネス・モデルを創出し、柔軟に改変できる状態を実現することが求められている。しかし、何を如何になすべきかの見極めに苦労するとともに、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムも足かせとなっている。
1.9 DXレポート2(中間とりまとめ)
- エグゼクティブサマリー(「DXレポート2」p.3)
2018 年に公開した「DX レポート」では、老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システムがDX を本格的に推進する際の障壁となることに対して警鐘を鳴らすとともに、2025 年までにデジタル企業への変革を完了させることを目指して計画的にDX を進めるよう促した。 - コロナ禍で明らかになった DX の本質(同 p.11, 2.2)
先般のDX レポートでは「DX=レガシーシステム刷新」等、本質的ではない解釈を生んでしまい、また「現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDX は不要である」という受け止めが広がったことも否定できない。
1.10 DXは単なるデジタル化ではない
- DXを過去の情報化、デジタル化の延長で考えてはいけない
- 効率の改善ではなく、イノベーションを起こすことが重要
1.11 事例1:音楽ビジネス
1.12 事例2:韓国の電子政府
韓国の電子政府法
第10条(行政機関確認の原則)行政機関は特別な事由がある場合を除き、行政機関間で電子的に確認することができる事項を請願人に確認して提出するよう要求してはならない。
第11条(行政情報共同利用の原則) 行政機関は収集・保有している行政情報を必要とする他の行政機関と共同利用しなければならず、他の行政機関から信頼し得る行政情報の提供を受けることができる場合には同一の内容の情報を別に収集してはならない。
(出典)廉宗淳『「ものづくり」を変えるITの「ものがたり」』KUON、2016年8月
2. DXによるビジネスの変容
2-A. プラットフォーム・ビジネス(マッチング・プラットフォーム)
2-A.1 2サイドプラットフォームとは(例:ネットオークションの場合)
2-A.2 クレジットカード/決済の場合
2-A.3 基盤型と媒介型(メディア型)
(注)この分類は、早稲田大学の根来龍之教授による
2-A.4 基盤型の事例:家庭用ゲーム機
2-A.5 媒介型の事例:@cosme
2-A.6 プラットフォームが注目される理由
- 時価総額ランキングの上位企業(GAFA, BAT※ など)の多くが、プラットフォームを運営している
※ GAFA, BATは、Google, Apple, Facebook, AmazonとBaidu, Alibaba, Tencent - 急成長し、既存のビジネスの脅威になるケースがある
- 成熟すると競争のない市場、あるいは競争の少ない市場になる(ネットワーク効果が持続的競争優位の源泉になる)
- 従業員一人当たりの売上高や利益が大きい(Alphabetの従業員一人当たりの売上高は138万ドル、純利益は31万ドル)
2-A.7 Winner-Take-All(WTA)
プラットフォーム・ビジネスでは、ネットワーク効果が強く働くため、Winner-Take-All(勝者の総取り)になりやすい
出典:カール・シャピロ他『情報経済の鉄則』 日経BP社、2018年2月、p.347
2-B. 所有から利用へ(シェアリングエコノミー、サブスクリプション)
2-B.1 シェアリングエコノミーとは
ヒト・モノ・場所・移動手段・お金など、個人(企業)が所有する活用可能な資産を、インターネットを介して貸し借りや交換することで成り立つ経済の仕組み
- 背景には「所有から利用へ」というパラダイムシフトがある
- 2サイド・プラットフォームであることが多い
2-B.2 Uber(ライドシェア)の場合
2-B.3 Airbnb(宿泊仲介サービス)の場合
2-B.4 事例
2-B.5 サブスクリプションとは
- 製品やサービスなどの一定期間の利用に対して、定額の利用料を支払うもの(従量制のものは「リカーリング」と呼ばれる)
(例)音楽CDを購入して音楽を聴く
→ 月額料金を払って好きな音楽を聴く(聴き放題) - 背景にあるもの
– 所有から利用へのパラダイムシフト
– 通信回線の高速化・安定化
– スマートフォン・タブレットの普及
2-B.6 情報財のサブスクリプション・モデル
2-B.7 サブスクリプション型SaaSの事例
- Office 365
– マイクロソフトが提供するサブスクリプション型のサービス
– Word, PowerPoint, Excelなどはデバイスにインストールすればオフラインでも利用可能 - Adobe Creative Cloud
– アドビが提供するサブスクリプション型のサービス
– 主なサービス:Acrobat(PDF作成・編集)、Photoshop(画像編集)、Illustrator(グラフィック・デザイン)
2-B.8 アドビの業績の推移
アドビはサブスクリプション化によって業績を伸ばしている
(出典)アドビのIRページ(https://www.adobe.com/investor-relations/financial-documents.html)
2-B.9 クラウドによるパラダイム・シフト
2-C. 最適化
2-C.1 パーソナライゼーション
消費者一人ひとりに適した商品、サービス、コンテンツ、情報を届けること
- ECサイト
購入履歴、閲覧履歴に基づくレコメンデーション - 検索エンジン
検索履歴、行動履歴に基づく結果表示 - インターネット広告
行動ターゲティング広告、リターゲティング広告
2-C.2 事例:Bodygram
- 4情報(身長・体重・性別・年齢)と2枚の画像を用い、AI技術によって、体形を三次元的に計測する技術
- 肩幅や首周りなど全身16箇所を1ミリ単位で推測
- 2019年1月にOriginal Inc.(カスタムシャツのネット販売企業)から独立
- 2019年、日本法人設立
- 2020年、アプリ提供を開始
- 2021年、体脂肪率、筋肉量の推測開始
2-C.3 事例:学習分野の最適化
- 文部科学省の「Society 5.0に向けた人材育成」
児童生徒一人一人の能力や適性に応じて個別最適化された学びの実現に向けて、スタディ・ログ等を蓄積した学びのポートフォリオ(後述)を活用しながら、個々人の学習傾向や活動状況、各教科・単元の特質等を踏まえた実践的な研究・開発を行う
(出典)文部科学省「Society 5.0に向けた人材育成」平成30年6月5日、p.18 - atama plus(2017年4月設立のEdTechスタートアップ)
AIによって生徒一人ひとりの得意、苦手、習熟度を分析して、最適な「自分専用レッスン」をアダプティブに作成 - Qubena(キュビナ)※2015年に神野元基氏が開発
– (株)COMPASSが提供しているAIタブレット型教材
– 各生徒の問題ごとの解答プロセスや必要時間、正答率等の情報を人工知能が収集、蓄積、解析し、個別最適化学習を提供
– 2018年度、2019年度に経済産業省の「未来の教室」実証実験に採用、麹町中学校で利用、必要な授業時間が半分に短縮、学習効果は同程度
塾では、1学期分の授業(14週間)を2週間で完了
2-C.4 事例:検索サイト、ニュースサイト
- Google、Yahoo!ニュース、スマートニュース、グノシーなどの検索サイト、ニュースサイトは、個人の利用履歴データを利用して個別最適化を実施している
– 便利である反面、個人それぞれの利用者が見たいと思うものしか表示されない現象「フィルターバブル」が発生
– フィルターバブルによって、自分に関心のない情報、自分の考えに反する情報に触れることがなくなる → ネット上の分断 - 似たようなものとして「エコーチェンバー現象」(SNS等で自分に似た意見の持ち主と交流することで自分の意見が増幅・強化される現象)がある
2-D. データ駆動(データ・ドリブン)
2-D.1 データ駆動型社会
現実とデータが高度に連動する社会
- 21世紀のデータ駆動型社会では、経済活動の最も重要な「糧」は、良質、最新で豊富な「リアルデータ」
- これまで世の中に分散し眠っていたデータを一気に収集・分析・活用する(ビッグデータ化)ことにより、生産・サービスの現場やマーケティングの劇的な精緻化・効率化が図られ、画一的ではない、個別のニーズにきめ細かく、かつリアルタイムで対応できる商品やサービス提供が可能になる
(出典)内閣官房「未来投資戦略2018 ー『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革ー」2018年6月
2-D.2 事例:KOMTRAX
- Komatsu Machine Tracking System
- コマツが開発した建設車両の情報を遠隔確認するためのシステム
- 世界で稼動する建設車両から自動で情報を収集し、遠隔での車両の監視・管理・分析を可能に
- 2001年から標準装備化を推進、56万台以上が接続(2019.11)
- 収集した情報は、インターネット経由(Web)で顧客に提供すると共に、コマツ(現地法人を含む)と代理店で活用可能
2-D.3 KOMTRAXのイメージ
2-D.4 KOMTRAXの機能
2-D.5 事例:ホークアイ(Hawk-Eye)
- ボールトラッキング:テニスのイン・アウト判定、サッカーのゴール判定、野球の投球・打撃の分析
- ビデオリプレイ:サッカーやラグビーのビデオ判定
- 全米オープンテニス(2020-)、全豪オープンテニス(2021-)で、“Hawk-Eye Live”を採用し、線審を廃止
- ボールだけでなく選手の骨格情報を取得することも可能
- 約25競技、90カ国以上、500以上のスタジアムで活用(2022.3)
- 米メジャーリーク:30球場で導入済(TrackManより高精度)
- 日本のプロ野球:神宮球場(2020) マツダスタジアム(2022) 甲子園球場(2023) バンテリンドーム(2023)が導入
- 投手のリリースポイント、投球の速度、回転数、回転軸、軌跡、変化量、打球の速度、角度、軌跡、バットのスイングスピード、加速度、全選手の骨格情報と動作量などを計測可
- Hawk-Eye Innovations社(2011年にソニーが買収)が提供
2-E. 自動化
2-E.1 DX時代の自動化
2-E.2 事例:ChatGPT
2-E.3 ユーザ数が1億人に達するまでの時間
出典:インターネット上の各種資料から作成
2-E.4 AI、機械学習、DL、LLM
出典:松尾研究室「生成AI時代の人材育成」デジタル時代の人材政策に関する検討会(2023.6.13)資料をもとに作成
2-E.5 ディープ・ラーニング
- 「人工知能研究における50年来のブレークスルー」(松尾豊)
(出典)松尾豊『人工知能は人間を超えるか』KADOKAWA、2015年3月、p.147 - 多階層のニューラルネットワーク(一般的には4層以上)
- 音声認識、画像認識などに利用
– 2012年、Googleが猫を認識できたと発表
– 2016年、AlphaGoが「世界最強」の棋士イ・セドルに4勝1敗
「大人が外国語を学ぶ方法」 | vs. | 「子供が言葉を覚える方法」 |
(エキスパート・システム) | (ディープ・ラーニング) | |
ノイマン型コンピュータ | 非ノイマン型コンピュータ |
2-E.6 ニューラル・ネットワーク
人間の脳の神経回路網を数理モデル化したもの
2-E.7 Googleによる猫の認識
- 入力層は、4万ピクセル(200×200)のRGB値(つまり12万)
- 階層は9層
- 入力はYouTubeにアップロードされている動画からランダムにピックアップした1000万枚の画像(200×200ピクセル)
- 学習時間は、1000台のコンピュータで3日間
- 「人間の顔」、「猫の顔」、「人間の体」に強く反応するノードが得られた
3. DXをどう進めるか
3.1 デジタルを前提にゼロから考える
- DXを過去の情報化やデジタル化の延長で考えてはいけない
- 効率の改善ではなく、イノベーションを起こすことが重要
- DXとは「デジタルを前提とした経営やビジネスの再構築」
– ハンコを電子署名や電子サインに変更することがDXではない、そのハンコが必要な書類、業務プロセス自体を、デジタルを前提にゼロから考えることがDX
– 「情報システムの刷新」は必要であるが、それはDXではない、それを契機としてビジネスと組織を再構築することがDX
3.2 顧客のニーズからスタートする
AirBNBの創業
- 2007年10月、Industrial Design Conferenceの参加者に、創業者2人が共同で借りていた家を朝食付きの宿として提供したことがきっかけ
- 客用ベッドがエアマットレス → AirBed & Breakfastと命名
- 「PayPalのような決済方法」+「ネットオークションのような売り手と買い手をマッチングするプラットフォーム」+「貸し手が部屋の写真を撮影&アップロードできるスマホの普及」
3.3 破壊される側の戦略
デジタル企業にビジネスを破壊される既存企業の戦略は?
- ビジネスがデジタル企業に破壊された後の姿を想定して、自社のビジネスを変革する
– リスクを回避できるビジネスモデルを採用する
– 破壊する側に回る(破壊的創造を行う) - 自社のコア・コンピタンスを活かして、新規分野で新しいビジネスを始める(例:富士フイルムの化粧品事業)
3.4 Washington Postの反撃
- 2013年10月、ジェフ・ベゾス氏がWP紙を買収
- 「インターネットがもたらす痛みは受けているのに、なぜギフトの方は受け取らないのか」
- インターネットは、地方紙の重要な収入源である広告収入を奪い、新聞のビジネスモデルを破壊したが、同時に実質的にコストをかけずに全米、世界中にニュースを配信できる環境をもたらした
- 電子版有料読者数は約300万人、記者の数は580人→1000人
(リスクを回避できるビジネスモデルの採用)
3.5 破壊する側に立った旭酒造のDX
3.6 DXへの取組みがうまく進まない理由
3.7 DXを推進するために重要なこと
[1] デジタルを前提として(過去の経緯や慣習、前例などにとらわれずに)ゼロから考えること
[2] 利用可能な技術やインフラをつかって、顧客ニーズにどう応えるかを考え、ビジネスを再構築すること
[3] 危機感の共有と経営トップのコミットメントが不可欠であること
3.8 情報社会の一般的なイメージ
3.9 産業革命の歴史
3.10 工業社会と情報化社会
(出典)増田米二『原典 情報社会』TBSブリタニカ、1985.11を参考に作成
講師プロフィール
前川 徹 東京通信大学 情報マネジメント学部教授
名古屋工業大学 情報工学科卒業。工学士。通商産業省(現 経済産業省)機械情報産業局 情報政策企画室長、JETRO NYセンター 産業用電子機器部長、IPAセキュリティセンター 所長、早稲田大学大学院 国際情報通信研究科 客員教授、富士通総研 経済研究所 主任研究員、国際大学GLOCOM 所長などを歴任。著書に『ビッグトレンド ITはどこに向かうのか』(共著、アスペクト)、『国民ID』(共著、NTT出版)など。