第9回 破壊的新規事業の起こし方② 〜「お腹パンパン」な顧客を探せ!~
前回は、「新市場型の破壊的新規事業」を起こすために「無消費の状況」を探すことの重要性について学びました(前回 第8回へのリンク)。今回は「ローエンド型の破壊的新規事業」を起こすにはどうすればよいかについて学びましょう。
1.満足過剰(オーバー・サティスファクション)な状況の顧客を探せ!
前回学んだやり方で、いくら「無消費」の状況を探しても、どうしても見つからなかった場合には、破壊的イノベーションを起こすためのもう一つの道、すなわち「満足過剰」の状況にある顧客を探すと良いでしょう。このアプローチによって、ある製品やサービスの特定の性能がこれ以上向上しても、それが顧客満足の向上につながっていない「破壊的イノベーションの状況」を見つけることができます。
下図(図1)をご覧ください。縦軸は製品やサービスの性能、横軸は時間の経過を表します。図の中央に水平に引かれている「赤い点線」は、主要な顧客の要求水準を表します。自動車の最高時速であれば、時速150〜200キロもあれば多くの顧客にとっては充分と感じられるでしょうから、時速150〜200キロがそれに当たります。もしこれ以上性能が向上しても、多くの顧客にとっては充分以上の性能なので、あまりありがたみが感じられないでしょう。
これは「高性能=高付加価値」という等式を信じて疑わないエンジニアにとっては、非常に受け入れがたい事実です。しかし、自分の周りを見渡してみると、自動車の最高速度やスマホの性能、テレビの画素数や床屋のサービスなど、顧客がすでに「お腹パンパン=満足過剰」の状況で、それ以上「盛りつけ」られてもほとんど満足度が向上しない状況にある製品やサービスは、結構多いのではないでしょうか?
図1:実際の性能向上と顧客が感じる性能の向上は違う
もしあなたの会社の製品やサービスにいくら機能を追加しても、顧客がそれに見合った高い価格を払ってくれないようなら、それはその製品やサービスの性能が目には見えない「赤い点線=主要顧客が求める性能」を超えてしまって「満足過剰=破壊的イノベーションの状況」に陥っていることを示しています。どこかの誰かが、あなたの製品やサービスをローエンドから破壊するチャンスを虎視眈々と狙っているかも知れません。
これを防ぐための方策はただ一つ。
「破壊される前に、自ら破壊する」しかありません。
2.QBハウスという名のローエンド型破壊
ヘアカットのサービスでローエンド型破壊を実現したのがQBハウスです。これまでの床屋では、洗髪し、髪を切り、ヒゲを剃り、もう一度洗髪して切った髪を洗い流して、最後にセットするという一連のサービスがパックになっている場合が多く、値段は3千円を越え、時間も30分以上かかっていました。
これに対し、QBハウスではそもそも髭剃りは行いません。また、髪を切る前に洗髪することもしません。QBハウスでは、まず髪を霧吹きで湿らせ、顧客の要望に応じて髪を切り終わったら、洗髪するのではなく電気掃除機のようなもので切った髪の毛を取り除くだけです。顧客が自分で出来るヒゲ剃りや洗髪、セットなどのサービスを削ることにより、サービスに要する時間も10分程度と短くなりました。 これにより、「手早く髪を切りたい」という顧客の需要に応えられるようになると同時に、店は同じ時間でより多くの顧客にサービスを提供(=回転数が向上)できるようになったのです。
洗髪やヒゲ剃りをしないことで、開店の際に水回りの工事が不要で、その分開店資金を低く抑えられそうです。また、このおかげで駅のホームなどの水回りの工事が難しい場所にもいち早く出店が可能になりました。QBハウスが先に出店した場所の近くに他の床屋が進出しようとしても、既に一番いい立地は抑えられてしまっているうえ、QBハウスの圧倒的低価格と対抗して顧客を取り合わねばならなくなるため、採算を取るのが非常に困難です。これは、オセロゲームで四隅をいち早く取ることと同様、QBハウスが持つ強力な参入障壁となります。
さらに、QBハウスの必殺技(と私が思っている)のが、店の外からでも混雑状況が判る“信号機”(図2)です。顧客にしてみれば、今日、髪を切らなかったからといってすぐに死ぬことはありません。混んでいたら、明日にすれば良いだけです。顧客はこの信号機を見て、自主的に待つ・待たないを判断します。これにより、顧客の「待たされ感」が大幅に低減するとともに、QBハウス側は、時間の自由が効く顧客に空いている時間に回ってもらうことで、繁閑の波を平準化し、平均稼働率を向上させることが可能となっているのです。つまり、この“信号機”は、顧客満足の向上と、店舗稼働率の向上という一石二鳥を実現する優れた経営ツールなのです。
図2:信号機
こうした計算し尽くされた個別施策が一体となって、QBハウスのビジネスモデル・イノベーションはできあがっています。
このビジネスモデルは、既存の理髪店ではなかなか対抗するのが困難です。ひっきりなしにお客さんが来てくれる場所に立地し、低コストで店舗を構え、長い営業時間を交代制で回し、券売機によってお金のやり取りを機械に任せ、用品は共同で調達することでコストを抑える…等々、QBハウスに対抗するためには、これまでの床屋さんは仕事のやり方を劇的に変える必要があるでしょう。
つまり、QBハウスは、既存の理髪店に「過剰に満足させられていた」顧客に対して「必要十分」なサービスをローコストで提供することを可能とした、「ローエンド型の破壊的イノベーション」なのです。
いかがでしたか? 次回は既存事業と新規事業をそれぞれどのようにマネージすれば良いかについて学びます。お楽しみに!
参考文献
玉田俊平太、日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ、翔泳社、2020年
筆者紹介 玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)
関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科長・教授
博士(学術)(東京大学)
筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください。