【連載】しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座(第5回)

暗黙知とアフターサービスで利益を守る せっかく生み出したイノベーションから利益を得るには?(その2)

 前回は、生み出したイノベーションから利益を得てそれをできるだけ長く守る方法として、企業秘密と特許について学びました(前回第4回へのリンク)。
 今回は、それら以外の方法について学びましょう。

1. 蓄積された暗黙知で利益を守る

 「暗黙知」とは、「自転車の運転のように、明確に言葉で表現することが困難な直感的・身体的・技能的な知識」を言います(出典:『広辞苑』)。暗黙知を伝承するには、通常、長い期間にわたる指導と経験の共有が必要となります。したがって、組織のイノベーション能力が暗黙知に基づくものである場合、それをすぐに模倣することは困難なため、競争力が長く持続すると言われています。

 たとえば、東京の下町のとある天ぷら店では、ホタテや海老の真ん中だけがほんのりと生で残った絶妙の火加減の天ぷらを出すことで有名でした。その後、息子さんが後を継いだのですが、まだ先代の神業の域には達していないようです。このことは、うまく天ぷらを揚げるという暗黙知が、親子の間ですらすぐには模倣困難であることの証明でしょう。

 ほかにも、アナログ半導体の設計技術は、非常に多くの経験と、自社の製造設備と設計との間のすりあわせによる作り込みが必要なため、その知識はGuru(導師)とまで呼ばれるベテランエンジニアに粘着しており、容易に移転・模倣ができないそうです。


写真 アナログ半導体の設計は暗黙知の塊

 これに対し、マニュアル化して他人に容易に伝達可能な知識を「形式知」と言います。もし組織の競争力の源泉となるプロセスがマニュアル化されている場合、それが漏洩してしまえば、その企業の競争力は一気に失われてしまうでしょう。
 この場合は、前回でお話ししたように、企業秘密としてしっかり守る仕組みの構築が重要となります。

2. アフターサービスで競争力と利益を守る

 私はよくビジネススクールのクラスで「外車が都市部にしか走っていないのはなぜだと思いますか?」
という質問をします。すると、それに対しては、「外車ディーラーが都市部にしかないからだ。」という答えが返ってきます。

 たしかに、自動車のように定期的に整備が必要で、製品固有の部品ストックがなければどうにもならないような製品においては、部品のストックを持ち、アフターサービスをしてくれるディーラーが近くになければ、なかなか購入する意思決定はしにくいでしょう。そして、外車は高額商品であるため、富裕層が一定の密度で存在する都市部でしかディーラーが食べていけず、結果として外車ディーラーは都市部にしかなく、外車ユーザーの多くも都市部に集中することになるのです。

 逆に、私がドライブに出かけていつも驚くのは、どんな地方に行ってもダイハツのお店があることです。もし私が地方に住んでいて、近くにダイハツのお店しかなかったら、自動車購入の選択肢はダイハツ一択となるでしょう。

 また、世界の大型民間航空機市場をエアバスと二分しているボーイングは、全世界の空港に部品を供給するための配送ネットワークと情報システムを持っているそうです。なぜなら、飛行機は空港に降りると必ず整備をすることになっており、その際に部品の供給がなければ再び飛び上がることは出来ないからです。


写真2 航空機のように定期的にメインテナンスが必要な製品は、サービス網の充実が競争力と利益を守る

 また、近年ではオートロックやセキュリティーゲートを備えたオフィスが増えており、昔のようにカタログを担いで飛び込み営業をすればコピー機が売れたという時代ではなくなっています。そんな時に、顧客との重要な接点となるのがサービスネットワークです。何しろ、こちらから営業に出かけなくても、お客さんの方から「すぐに来てくれ!」と呼んでくれるからです。

 この呼ばれた時に、単に壊れた箇所を修理するだけでなく、顧客企業の新規部署の設立情報を得て自社製品を売り込んだり、カラーコピー機へのアップグレードなどの提案をさりげなく行うことができたりすれば、警戒心を持たれることなく新しい製品の売り込みができることでしょう。

 アフターサービスをセールスにつなげている例として、ヒューレット・パッカードでは、部品保有年限が切れて修理が出来なくなったプリンターを持った顧客が修理を求めて電話をかけてくると、修理できない代わりにディスカウント価格で新しいプリンターを購入できるオプションを提示し、私などはまんまとそれに乗って、引き続きヒューレット・パッカードのプリンターを使い続けていたりします。 

参考文献
玉田俊平太、「日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」、翔泳社、2020年

これまでのコラム

第1回 イノベーションは「新結合」でも「技術革新」でもありません!
第2回 「競争力」は何種類?
第3回 イノベーションを通じたコスト競争力の向上とイノベーションのスピードの重要性
第4回 せっかく生み出したイノベーションから利益を得るには?

筆者紹介 玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)

関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科長・教授
博士(学術)(東京大学)
筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください