【連載】しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座(第8回)

第8回 破壊的新規事業の起こし方① 〜自社が『破壊される側』から『破壊する側』になるには?

 前回は、­なぜ合理的に経営されている大企業が、破壊的イノベーションには対応できずに破壊されてしまうかについて学びました(前回 第7回へのリンク)。今回からは、大企業が自ら道を譲ってくれるような「破壊的新規事業」を起こすにはどうすればよいかについて学びましょう。

1.「無消費の状況」を探せ!

 読者みなさんの中には、上司から「新規事業のアイデアを考えろ!」と命じられて、どこから手を付けてよいか分からず途方に暮れている方もいるでしょう。理屈から言えば、自社が手がけていない事業なら何でも「新規事業」だと言えるので、宇宙ロケットによる衛星打ち上げビジネスからラーメン屋さんまで、どんなビジネスでも当てはまりそうで、的の絞りようがありません。

 そこで道しるべとなるのが、クリステンセン教授が『ジョブ理論』という本の中で提唱した「無消費(ノン・コンサンプション)」という考え方です。

「ジョブ理論」の目的

私たちが商品を買うということは基本的に、何らかの「ジョブ」を片付けるため何かを「雇用(ハイア)」するということ
その商品が「ジョブ」をうまく片付けてくれたら、後日、同じジョブが発生したときに、同じ商品を「雇用する」だろう
ジョブの片付け方に不満があれば、その商品を「解雇(ファイア)」し、次回には別の何かを「雇用する」はずだ
この理論が目指すのは、顧客が進歩を求めて苦労している点は何かを理解し、彼らの抱えるジョブ(求める進歩)を片付ける解決策と、それに付随する体験を構築することにある

 無消費の状況とは「何らかの『制約』によって製品やサービスが使われていない状況」のことを指します。
 新規事業を探すには、まず、この「無消費の状況」にいる「無消費者(ノンコンシューマー)」を見出し、次に、その消費を妨げている制約を解き放つような、できるだけシンプルな解決策をチームで考えるとよいでしょう。そうすれば、きっと「新市場型の破壊的イノベーション」を起こすことができるはずです。

2.無消費を生む4種類の「制約」

 では、私たちの消費を妨げる「制約」には、どのようなものが考えられるでしょうか? クリステンセン教授は、制約には「スキル」「アクセス」「時間」「資力」の4つがあると言います。

ジョブの発見
「無消費者」をターゲットにしよう


無消費(ノンコンサンプション)とは、片付けたいジョブが、何らかの「制約」によって妨げられている状況
その「制約」とは、「スキル」「アクセス」「時間」「資力」のいずれかが不足している状況
専門家による手助けが必要な製品やサービス

② 特定の場所や状況に「閉じ込められて」おり、そこでしか使えない製品やサービス
③ それを消費することが面倒であったり時間がかかりすぎたりする製品やサービス
④ それを消費したいが十分な資力が無くて買えない製品やサービス

があれば、それこそが「無消費の状況」であり、破壊的イノベーションを産み出すチャンス

2-1. スキルによる制約

 スキルによる制約とは、人々が適切なスキルを持っていないがために、使いたい製品やサービスがあっても、それを消費できない状況です。

 1970年頃までのコンピュータが、まさにそうでした。当時主流だった大型コンピュータ(メインフレーム)は、トレーニングを受けた専門のオペレーターが数人がかりでやっと使うことができるほど、操作が難しいものでした。その後台頭したミニコンピュータも、複雑な操作法や命令をマスターしなければ使いこなせない、専門家向けの製品でした。

 つまり、パソコンが登場する前のコンピュータは、使いこなすために「スキルを持った専門家」を雇う必要があったのです。これでは、世の中の大半の人にとっては「コンピュータが使いたい」と思っても、そのための求められるスキルの障壁のあまりの高さに尻込みしてしまったことでしょう。

 もし、皆さんになじみのある分野で、専門家の手助けが必要不可欠な製品やサービスがあれば、それはすなわち、消費するために「スキルによる障壁」が存在している証しであり、そこに「無消費」という名のビジネスチャンスが生じている可能性が高いのです。

2‐2. アクセスによる制約

 アクセスによる制約とは、ある商品やサービスが、特定の場所や状況に「閉じ込められて」いて、そこでしか使えない状況のことです。

 ウォークマン登場以前に居間にデンと陣取っていたオーディオシステム、ノートパソコンが登場する前の据え置きパソコン、携帯電話が登場する前の固定電話機などは、電源コンセントが必要だったりしてある特定の場所(自宅や大企業のオフィス)に行かなければ利用することができませんでした。

 また、かつてはゲームセンターに行かなければ、テレビゲームで遊ぶことはできませんでしたし、写真屋さんでフイルムを現像してもらわなければ写真を見ることは不可能でした。

 こうした、「ニーズが存在するにもかかわらず顧客がアクセスしにくくなっている状況」を見つけ、それを解決する製品やサービスを実現することができれば、破壊的イベーションを起こすことができるでしょう。事実、これらの制約を取り払ったウォークマン、ノートパソコン、携帯電話、ファミリーコンピュータ、写真画質のプリンタなどは、いずれも大ヒット商品となっています。

2‐3. 時間による制約

 時間による制約とは、それを消費できるだけのスキルもお金もあり、しかも提供されている場所にアクセスできるにもかかわらず、消費するのが面倒だったり時間がかかり過ぎたりする場合に生じます。

 例えば、学生時代はテレビゲームにのめり込んでいた人でも、社会人になってからはやらなくなってしまった人は多いでしょう。大作ゲームはクリアするために膨大な時間が必要で、忙しい社会人はなかなか取り組みづらいからです。

 しかし、最近のスマートフォン用のゲームは、すきま時間でも遊べるように工夫されていて、スマホ時代になってから再びゲームをするようになったという人も多いと思います。これなど、社会人の「時間による制約(+アクセスの制約)」を上手く取り払い、新しい消費を生み出した例の一つです。

 もしこうした「時間による制約」を見つけることができ、それを解決するための、使い方がより簡単で、楽しみながらすきま時間で使い方をマスターできるような製品やサービスを提供することができれば、新たな破壊的ビジネスを生み出すことができるでしょう。

2‐4. 資力による制約

 資力による制約とは、平たく言えば、消費者が「欲しいけどお金が足りなくて買えない」状況のことです。イノベーションの歴史を振り返れば、プロセスイノベーションなどによって劇的なコストダウンを達成した企業は、価格を引き下げても充分な利益を確保できるようになり、一部の富裕層や大企業だけでなく、一般消費者や中堅中小企業などのはるかに多くの顧客を手に入れて、利益を増大させてきました。

 例えば、米フォード・モーターの創設者であるヘンリー・フォードは、ベルトコンベアによる流れ作業で自動車生産プロセスのイノベーションを起こし、大量生産を通じて自動車の大幅な低価格化を実現しました。これにより、それまでは貴族や大富豪が道楽で所有するものだった自動車の「資力による制約」を解き放ち、一般人でも購入できるようにしたことで、自動車は庶民の日常生活の足となり、リアカーの代わりに荷物を運ぶ役割をも担うようになって、世界中に広く普及したのです。

 いかがでしたか? 今回は、破壊的新規事業を起こすために「無消費の状況」とその原因となっている「制約」を探すのがよいことについてお話ししました。
 次回はローエンド型破壊を起こすために「満足過剰な状況」を見つけるのが良いことについて学びます。お楽しみに!

参考文献
玉田俊平太、日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ、翔泳社、2020年

筆者紹介 玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)

関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科長・教授
博士(学術)(東京大学)
筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください