【連載】ものづくり教授の現場探訪(第2回)

 これまでに4,000を超える工場の現場を訪問してきた中小企業のものづくりのスペシャリストによる連載コラムの第2回です。本連載では、日本の町工場のものづくりの現場探訪を分かりやすく解説します。
 解説は、政策研究大学院大学 名誉教授 橋本 久義 氏です。

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(本コンテンツの著作権は、橋本 久義 様に帰属いたします。)

第2回 継ぐ者、継がれる者

 後継者問題は今も中小企業にとって悩みの種だ。一昔前は「息子が家業を継ぐ」というのが当たり前だったが、今はそうもいかない。「子供は独立した人格を持つ存在」ということもあるし、「家業を引き継いでやっていけるのか」という不安がつきまとう。
 新潟県燕市にある新越ワークスの現会長 山後(さんご)春信さんも、悩みに悩んだ一人だ。


株式会社新越ワークス 会長 山後 春信 氏

 同社は1963年、金網職人であった現会長の父親=山後信二さんが「新越金網」を創業し、厨房・調理用の金網製品 ザル、水切り網など製造販売をはじめたのが最初だ。当時は高度成長期で、飲食店が次々に開店していたので、当初から経営は順調だったらしい。ちなみにラーメンの湯切りザルは、今でも同社が7割ほどのシェアを持っているという。

 現会長の山後春信氏は子供の時から後継者になるものと思っていたらしい。大学は東京だったが、いわゆる就活をする必要がなかったので、他の学生が就活している間、テントを担いで、アラスカからカナダを通りロスアンジェルスまで、太平洋岸沿いに、ヒッチハイクで旅をした。この時 世界の広さ、特にアメリカという国の広大さ、奥深さを実感したという。大学卒業後、某金網企業に修行に入ったが、「金網という小さな池で釣り糸を垂れていても、しかたがない。もう少し大きな池はないか?」との思いが募って一年ほどで退社し、東京でアルバイトをしながら、家業をどの方向に持っていくかを考えることにした。本当に迷っていた。悩みに悩んだという。
 いろいろ経験するのが一番と、当時出始めた電子機器の営業をはじめ、さまざまな仕事をしたが、そのうちの一つに「カセット型コンロ用ボンベの活用を考える」という仕事があった。
 これは、I産業がカセットコンロを売り出して「便利だ」と、大ブームを呼んだのだが、ボンベメーカーのA社がカセットガスボンベの用途を広げられないかとアイデアを募り、そのうちの一つに携帯ストーブがあったのだが、赤熱させるヒーター部分に金網が必要ということで、山後さんに声が掛かった。これは首尾良く開発に成功したのだが、I産業にとってみればマーケットが小さすぎて、売ってくれない。A製作所が「新越で商品化するのなら手伝ってあげる」と言ってくれた。

 こうして1984年に家業に入って、携帯コンロや、ストーブを中心にテント等も含めたキャンプ用品を手掛けようと決意し、1988年まで4年間、種々の製品を検討・試作・開発し、1989年に「ユニフレーム」というブランド名で売り出した。非常に苦労したが、自身も山歩きが好きだったし、ヒッチハイクで、キャンプの醍醐味というようなものも知っていたので、「これからは、日本でもキャンプが流行るだろう」という確信があって耐えた。
 間もなくバブルが崩壊して贅沢な旅行が見合わされるようになると、レジャーの合言葉が安・近・短になり、一大キャンプブームが起こった。もともとマーケットが無かった分野だから、新参である新越も大手と対等に戦えた。直接登山用品店、ホームセンターなどに売りに行くしかなかったが、ユーザーの声を反映して改良するなど、製造部門を持つ強みが発揮出来た。
 2013年に社名を新越金網から、新越ワークスへ変更し2016年に新社屋を建設した。非常に開放的で明るく、清潔。商品展示室も常設されている。

 現在の新越ワークスは、厨房用のざる、金網等の金網製品、キャンプ用品、新燃料ストーブの3本だてだ。新燃料ストーブは木質ペレットを燃やすエコストーブで高い熱効率を誇り、部屋全体をじんわり暖めるのが好感され、爆発的売れ行きという。

 現社長の山後佑馬氏は、ものづくりが根っから好きという。春信氏に「人手が足りないから手伝え」といわれて、迷いに迷って新越に入ったというが、近隣の先輩社長たちに親切に可愛がって貰っているといい、今は社長業を楽しんでいるという。


株式会社新越ワークス 代表取締役社長 山後 佑馬 氏

 春信さんは中小企業同士の協力事業にも熱心だ。他社との協力を意識し始めたのは、自社の限界を知ったからだという。「うちはザルしかつくれない。他のモノを作るためには、近隣の協力工場の智慧が必要だ。ウチが伸びるためには、周辺の工場にも成長してもらわなければならない。人材獲得が必要だよね」と話して、若者獲得の手段として「インターンシップ事業」をはじめた。今は会員企業は50社になっているという。
 共同でセミナハウスを作り、研修を受けたり、研究できるようにしている。

 新分野を切り開き、また多数の企業の中心になって、地域おこしに奮戦している新越ワークスは、若い後継者を得てこれからも、発展を継続しそうだ。


株式会社 新越ワークスの商品

これまでのコラム

【連載】ものづくり教授の現場探訪(第1回)

筆者紹介 橋本 久義(はしもと ひさよし)

政策研究大学院大学 名誉教授

筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください