令和6年度 機械システム研究会(第1回)~次世代サーマルマネージメントを担う革新技術と冷却技術の新展開~

1. 機械システム研究会 第1回開催概要 

開催趣旨

 昨今、AI、5G などの導入、流通・サービス等の機械化・ロボット化、産業のデジタルトランスフォーメーションなどの技術革新やカーボンニュートラルへの取り組みなどが進みつつあり、我が国の技術及び経済社会は大きな変革期を迎えています。
 本研究会では、最新の機械システムの技術トレンドやデジタル活用の動向、注目すべき内外の動きなどについて共有し、意見交換を行うことを目的として、有識者の参画のもとにテーマごとに各分野の専門家を招いて講演いただいた後に議論を行います。

第1回開催日時

開催日時:2024 年7 月 10 日(水)
場所:日本自動車会館 くるまプラザ 会議室
講演テーマ: 次世代サーマルマネージメントを担う革新技術と冷却技術の新展開
講師: 麓 耕二  青山学院大学 理工学部 機械創造工学科 教授

研究会の開催状況
左)機械システム振興協会 専務理事 相澤 徹
右)麓 耕二  青山学院大学 理工学部 機械創造工学科 教授
麓 耕二 教授

2. 「次世代サーマルマネージメントを担う革新技術と冷却技術の新展開」講演サマリー

 近年の情報化・ネットワーク社会の進展に伴う情報通信デバイスを含む電子デバイスの小型化・高性能化、さらに5G/6Gに代表されるIoT(Internet of Things)技術の広がりと共に電子デバイスの自己発熱問題が深刻化しています。各種デバイスの発熱・放熱問題解決の一助となりうるサーマルマネージメント技術が必要とされています。本講演では、熱輸送デバイスに関する概論的説明と講演者が発明・開発した高い熱輸送性能を有する新型ヒートパイプについて紹介します。

©2024 Koji Fumoto | Aoyama Gakuin University
(本コンテンツの著作権は、麓 耕二様に帰属いたします。)

[1] サーマルマネージメントについて

 サーマルマネージメントとは、熱制御あるいは熱管理とも呼ばれ、広義では熱力学と伝熱工学に基づく各種テクノロジーによって対象システムの温度を制御する機能・機構を意味します。またサーマルマネージメントのためには対象システムの温度または温度分布、あるいはその両方をコントロールするための熱伝導、対流や相変化を含む熱伝達、およびふく射などのあらゆる手段とプロセスを複合的に活用する必要があります。サーマルマネージメントを必要とするシステムは、多くのコンポーネントと様々な材料で構成されており、さらに固体・液体・気体の組み合わせが想定されるだけでなく、時間的な変化(非定常状態)を含み、外部(周囲)の条件に大きく左右されることになります。
 サーマルマネジメントに関わる分野は、情報通信、環境、エネルギー、健康医療、インフラなど、多岐にわたります。また昨今の社会情勢として環境負荷低減および産業競争力強化の両面からサーマルマネージメント技術の高度化に対する社会的要請には大きいものがあります。例えば、モビリティ分野におけるEV(Electric Vehicle)のためのバッテリーに対する熱制御技術、あるいはZEH(net Zero Energy House)・ZEB(net Zero Energy Building)に対応する住環境分野、高温排熱等に対応する未利用熱エネルギー分野など、異なる利用環境および温度帯に対応可能なサーマルマネージメント技術が必要とされています。一般的にサーマルマネージメント技術は、熱輸送技術に基づく「伝熱・放熱系技術」、各種断熱材料を利用した「遮熱系技術」、蓄熱・保熱のための「蓄熱系技術」、さらに熱電変換材料を利用した「熱電デバイス系技術」などに大別できます。また忘れてはならないのがサーマルマネージメント技術に基づく熱制御特性を正確に評価するための評価技術および熱測定技術がです。
 サーマルマネージメントに関連してNEDOの「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発」プロジェクトが「熱の3R (Reduce, Reuse, and Recycle) 」の重要性を示しています。3Rはそれぞれ断熱・遮熱・蓄熱を中心とする「熱の使用量を減らす技術(Reduce)」、ヒートポンプを中心とする「熱を再利用する技術(Reuse)」、および熱電変換・排熱発電を中心とする「熱を変換して利用する技術(Recycle)」を意味しています。これらの技術に横断的に取り組むことにより、膨大な未利用熱を効果的に削減・回収して再利用し、さらに変換利用することで省エネ化を目指すと示されています。一方、講演者の経験より、電子デバイス等を考慮した場合は、前述の3Rに「熱移動のR (Remove)」を加えた「熱の4R」とすることで熱負荷をコントロールし、機器やシステムの機能を最大限に活かすサーマルマネージメントの実現が可能になると考えています(図1)。

図1 熱の3R+1Rによるサーマルマネジメント

[2] ヒートパイプについて

 電子機器等に対する放熱・熱輸送用デバイスの代表格としてヒートパイプがあります。ヒートパイプとは、1964年G.M.Groverが名付けた熱伝達素子です。ヒートパイプは密閉された容器の中を予め真空状態にした筐体内に作動流体を封入した簡単な構造で、内部で起こる作動流体の蒸発・凝縮による潜熱輸送により小さな温度差で大量の熱を輸送可能な熱輸送デバイスです。図2に示すように、ヒートパイプの一端を加熱することで、その部分の作動流体が蒸発し、その蒸気は他端で凝縮します。このとき凝縮した作動流体が毛細管作用によって加熱部に還流することで、蒸発と凝縮のサイクルが形成され、良好な潜熱輸送が行われます。近年、軽量小型・高性能、かつポンプ等の駆動装置を必要としない熱制御デバイスとして注目されています。ヒートパイプとしては、LHP (Loop Heat Pipe)を含む蒸気圧利用ヒートパイプ、気泡ポンプ利用ヒートパイプ、および自励振動型ヒートパイプに関する研究開発が進められています。各種ヒートパイプの特徴を表1に示します。


図2 従来型ヒートパイプの構造
表1 各種ヒートパイプの特徴
型式原理・特徴・用途など
従来型ヒートパイプウィックやグルーヴといった内部構造による毛細管作用
を利用して液還流をするヒートパイプ。製作が容易で、
低コストである。
サーモサイフォン重力場において、冷却部を加熱部よりも上に設置すること
で重力を用いて凝縮液を還流する。従来型ヒートパイプと
比較すると大きな熱輸送量を得ることができるが、時には
複雑な不安定現象が発生するという問題がある。
ループヒートパイプ蒸発器に取り付けられたウィック内で発生する毛細管力
により、作動流体が一方向に循環し熱を輸送する。従来型
ヒートパイプに比べ長距離輸送が可能である。
COSMOSヒートパイプ蛇行閉流路内に液体を封入し、振動子などによって強制振
動流を発生させることで拡散促進効果を利用し熱を輸送
するヒートパイプ。
自励振動型ヒートパイプ加熱部と冷却部の間に細い流路を複数回往復させた構造
で、内部に封入した作動流体が加熱により自励的に振動
し、熱を輸送する。

[3] 自励振動型ヒートパイプについて

 自励振動型ヒートパイプ(Pulsating Heat Pipe: PHPあるいはOscillating Heat Pipe: OHP、以下PHPと称する)は、1990年頃、日本人研究者である赤地久輝氏によって考案されました(赤地久輝、閉ループ管型熱伝達装置、特開平1-127895、1989年5月)。一般的なPHPは図3に示すような流路直径が数ミリの1本の蛇行流路で形成されています。この細い流路を加熱部と冷却部の間に複数回往復させ、作動流体を流路体積の半分程度封入したもので、表面張力により形成された液スラグの自励振動によりパッシブで高い熱輸送を実現します。さらに従来型ヒートパイプのように毛管力限界やフラッディング限界による液還流制限がないことから高い熱輸送性能を有すると考えられており、これまで様々な研究が行われています。特に昨今、PHPは高密度・高集積化された電子機器の冷却用、放熱用デバイスとして動作機構の解明を目的とした基礎的研究、熱輸送性能向上を目的とした応用的研究、およびそれらの研究から得られた結果を考慮した数値シミュレーションが行われています。しかし、残念ながら、実用化には至っていないのが現状です。

図3 PHP(Closed loop型)の概要

[4] 新型ヒートパイプについて

 講演者は、2007年より、前記の自励振動型ヒートパイプの研究に従事してきましたが、その中で2022年に新たなヒートパイプ技術の開発に成功しました。
 新型ヒートパイプは、ヒートパイプに封入する作動流体が極めて少ない量とすることで、これまで得られなかった極めて高効率な熱輸送を実現しました。現在、このヒートパイプは超熱伝導ヒートパイプ(Super Heat Conduction Heat Pipe、以下SHC-HP)と称しています。SHC-HP は一辺 1.26 mm の正方形断面のチャンネルを28 本有した、長さ400 mm のアルミ製扁平多穴管が用いられています(図4)。またSHC-HPの流路面は非凝縮性ガス発生の抑制と濡れ性を変化させるため化学処理が施されていますが、外観および実験概要は従来型PHP と同様です。なお、作動流体に蒸留水を用い、その封入量は従来ではドライアウトが生じるとされる極めて低い充填率 (10 vol% 以下)を採用しています。

外観
実験装置概略
ヒートパイプの詳細図

図4 SHC-HPの外観および装置概要

 次に、結果の一部を紹介します。図5に400mmのSHC-HPの一部を加熱した時の各部における温度履歴を示します。作動流体の封入量は10vol%であり各温度は加熱部(Te2)、断熱部(Tad)、凝縮部(Tc2)を示しています。図より加熱量(W)を増加させると、15.2W以降に全ての温度がほぼ同一となり、400mmのヒートパイプが均温化されているのがわかります。

 

図5 SHC-HPの温度履歴

 図6に400mmのSHC-HPの熱抵抗の結果を示します。横軸は供給熱量であり、作動流体の封入量は10vol%です。熱抵抗は、ヒートパイプ等の性能評価方法として一般に使われる指標であり、加熱部と凝縮部の温度差を供給熱量で除した値です。一般的に自励振動型ヒートパイプ(PHP)の熱抵抗は0.2K/W程度であるのに対して、SHCーHPは、その1/10である熱抵抗0.021K/Wを示す事がわかります。この熱抵抗が極めて低い状態を踏まえて、本ヒートパイプは「超熱伝導ヒートパイプ」と称しています。

図6 SHC-HPの熱抵抗と加熱量の関係

 講演では、上記の他に長さや形状の異なるSHC-HPの実験結果を複数紹介しました。さらにSHC-HPの熱輸送メカニズムを明らかにするために実施している中性子ライジオグラフィーを用いた可視化結果の一部を紹介しました。なお講演で紹介しました内容の一部は論文等により外部公表しているので、以下の文献を参考にしてください。

– 低封入率型自励振動ヒートパイプの熱輸送性能に関する基礎的研究(設置姿勢が熱輸送性能に及ぼす影響)、 堤内駿介、 石井慶子、 麓耕二、 日本機械学会論文集、Vol. 90, No. 930, 13 p., 2024. (https://doi.org/10.1299/transjsme.23-00268)

– Flat plate pulsating heat pipe operating at ultra-low filling ratio, K. Fumoto, K. Ishii, Applied Thermal Engineering, Volume 228, 25, 120468, 2023.(https://doi.org/10.1016/j.applthermaleng.2023.120468)

 同時に SHC-HPの実用化および実装に向けた動きについて事例を挙げて紹介しました。具体的には、自動車業界によるEV用熱輸送デバイス、特にバッテリーの急速充電に対応可能な温調でデバイスとしての可能性について述べました。またSHC-HPを熱交換用放熱フィンとして使用した場合の有用性について説明を行いました。図7にSHC-HPを放熱フィンとして使用した時の赤外線画像を示します。図の左側は長さ200mm、幅48mmのSHC-HP、右側は同形状の銅板です。共に下部にヒータが取り付けてあり、同じ熱量で加熱しています。図より、加熱部の温度を比較すると、SHC-HPのヒーター部温度が銅板のヒーター部温度に比べて低く、ヒータ部(加熱部)より上部へ効果的に熱輸送している事がわかります。一方、上部を比較すると、銅板には温度分布が生じているのに対し、SHC-HPはほぼ赤色を示しており、高い均温状態となっている事がわかります。このことからSHC-HPを用いた場合、高いフィン効率を実現でき、結果的に熱交換器を小型化・高性能化できる事が示唆されました。

図7 SHC-HPの均温化と放熱フィンとしての可能性

 全体のまとめとして、講演者らによって2022年に発見された高効率な熱輸送デバイスであるSHC-HPは、これまでのヒートパイプとは一線を画す高い熱輸送性能を有しており、今後の実用化および早期の社会実装が望まれること、特に、昨今のEV関連技術、コンピュータ、スマートフォン、自動車、家電製品など、あらゆる半導体デバイスのための電子機器冷却方法の中核を担う可能性があることについて、紹介させていただきました。

3. 講師紹介

麓 耕二 (ふもと こうじ)  青山学院大学 理工学部 機械創造工学科 教授

【専門分野】
 熱流体工学、伝熱工学、エネルギー工学、生体熱工学
【略歴】
 青山学院大学 理工学部 機械創造工学科 教授 主としてマイクロ熱輸送デバイス、サーマルマネージメントおよび熱流体制御に関する研究に従事