これまでに4,000を超える工場の現場を訪問してきた、中小企業のものづくりのスペシャリストによる連載コラムの第4回です。本連載では、日本の町工場のものづくりの現場探訪を分かりやすく解説します。
解説は、政策研究大学院大学 名誉教授 橋本 久義 氏です。
©2024 Hisayoshi Hashimoto | All rights reserved.
(本コンテンツの著作権は、橋本 久義 様に帰属いたします。)
伸びる会社の社長は他人の能力を正しく評価し、活用できる
前号で「これはなかなかの会社だ」と思える会社の社長の共通する特徴を、(1)声がデカイ (2)仕事に対する情熱がすごい (3)タフ (4)あらゆる状況をチャンスとしてとらえ直す力がある (5)好奇心が旺盛 (6)どんな小さなアイデアでも馬鹿にせず発想を広げるだけの度量がある (7)大きな夢を持ち、分かりやすい目標をたてて実行している (8)メシが早い という8つの項目をあげたが、優れた経営者の最大の特色は? と問われれば、「他人の持つ能力を正しく評価し、それを自分の物として、使いこなす能力がある」と言うことになるだろう。
その能力を持った人物ということで、真っ先に思い出されるのが浜松にある、大学産業(株)の創業者である 故 曽布川 尚民 氏である。
同社は小規模ながら頭脳集団として知られた総合水処理企業で、水質の調査・分析から上水・排水処理装置の開発、製造、メンテナンスまでを手掛けている。
そもそも大学産業という少し変わった名前は「他人から大いに学ぼう」という主旨で命名されており、多くの友人や従業員から学び取り、その智慧を活用しようという精神の表れという。だからこそ同社は、中小企業では比較的難しい従業員教育にも成功しているのだろう。
曽布川 尚民 氏 (そぶかわ たかひと、創業者)
昭和12年生まれ。浜松市出身。大学卒業後は明治商事(現明治製菓)薬品部に入社し、セールス担当として従事。昭和39年に父が経営していた薬局のお手伝いを始める。防疫資材部の仕事を元に大学産業(株)を昭和42年6月に興した。
(没年:平成23年11月)
★ 大学産業の精神とは
大学産業(株)は、「自らを高め、その知恵を人の役に立てること」を基本理念としている。現社長の曽布川 能康 社長は、「仕事は楽しくあるべきものであると同時に、自分が仕事を通じて学び、しかも相手にも喜びを与えるものでなければならない」といっている。
こうした喜びは「学ぶこと」を通じてしか得られないものであり、だからこそ故曽布川社長は学ぶ対象である人脈形成に極めて熱心だった。
1982年ごろ筆者は中小企業庁の技術課に在籍していたのだが、当時「異業種交流」という言葉が中小企業の間で盛んに言われ、「中小企業は異業種の智慧を活用すると、発展するチャンスが増える」ということで、私の課が中心になって普及に取り組むことになった。全国に協力者がいたが、その中でも最も印象深かったのが故曽布川尚民社長であった。
様々な会合に積極的に出向き、異業種交流の重要性を説き、人脈を広める。人柄が良い上に話題が豊富で、話しかたも分かり易いので、自然に周りに人が集まり、どの会合でもいつの間にか中心に座って、にこにこ笑っておられる。彼は人々の話を良く聞いてくれるので、誰もが信頼する。困っている人がいれば誰彼無く助けるので、皆が頼ってくる。だから情報が集まるので、正しい判断をすることができるようになる。
故 曽布川 社長の言葉「私は異業種交流会などで、幹事などまとめ役を引き受ける機会が多いのです。そういう役を何回かやってわかったことですが、人をまとめるのには特別な秘訣があるわけではありません。素直さと思いやり、さらにそれを実行に移す実行力が最も大切なことなのです。一見、損な役回りのように感じるかもしれませんが、そこから得られるものは非常に大きなものがあります。それは幹事を何回か続けてやっていますと、細かい点にまで目が行き届き、他人に対してさまざまな点にまで配慮できるようになることです。ひいては出処進退がよくわかるようになります。このため、大学産業(株)では従業員に対しても、PTA役員、町内会役員などのまとめ役は、自ら名乗り出る必要はないが、他人からどうしてもと推薦された場合には年限を切って快く引き受け、一生懸命にやるように、と話しています。」
★ 大量販売商品よりもニッチ市場商品の開発
大学産業(株)は、「売れる商品を作るな」というのが基本方針となっている。なぜならば、良く売れる商品の市場には他社の参入が相次ぎ、やがて衰退してしまうからだ。従って同社が手掛ける商品は、できるだけライフサイクルが長く、あまり目立たない商品に限っている。
こうした理念で商品化に成功した商品が「緊急時用浄水装置」だ。災害時にプールや河川の水を筒単な操作で飲用水に変える装置である。たまたま近隣の町当局から災害時の飲料水を確保する装置がないかという問い合わせがあり、試作機を製造したのが開発のきっかけだ。要望によって電動やガソリンエンジン駆動にするが、人力でも稼働するするのがポイントだ。ユーザーには、浄水効果と手頃な価格が評価されている。
その後「ウォーターパッカー」を開発した。これは水道水をポリエチレンの袋に詰めて、熱シールして密封していく装置で、水の備蓄をするのに極めて便利だ。ペットボトル入りの水に比べてコストが抜群に安く、備蓄する場所の自由度も高い。もっとも、この装置は水道水の品質が高度に保たれている 日本ならではの商品だろう。
その後、災害避難住民のための簡易トイレ、体育館などで避難生活を快適にするための簡易間仕切、たたみ代わりの段ボールシート等々 今や総合的防災・避難所グッズメーカーになっている。
大学産業(株)の商品
★ 人材教育制度を創設 複数の国家資格の取得
大学産業(株)が開発型メーカーとして成功している秘訣は、他人の智慧を活かしていることにあるのだが、しかし最も頼らなければならないのは従業員の智慧と能力であるのは言うまでもない。このため、人材教育には熱心である。
従業員のエネルギーを同じ方向に向けるための具体的な手法として、国家試験資格の取得推進制度を導入した。業務上の必要性、資格取得の難易度に応じて資格給与があり、勉強に必要な参考書類の購入から受験費用まで支給している。今では、曽布川能康現社長をはじめ多くの社員が、管工事施工管理技士や一般毒物劇物取扱者などの資格を取得している。
「この制度を導入してわかったことですが、国家試験に合格した人間は自信が付き、性格的にも明るくなったと思います。特に顧客に対して、いわゆる”はったり”がなくなり、誠実に応対する姿勢が身に付いています。」と曽布川社長。
ところで経営者が人脈を形成する場合、自社の信用が無いのに人脈が構築できるわけがない。
大学産業(株)は創業当時、水質検査や、非常時用製品を扱う同業者が少なかったため、本来ならば断った方が良い仕事も責任感だけで引き受けていたという。「高速道路がない時代に遠くの都市まで出張し、何とか顧客の要望に答えたいという使命感に燃えて働いていました」。そういった努力の積み重ねが信頼を生み、さらにその信頼関係の累積が人脈の形成に結び付いたのではないだろうか。
故曽布川尚民社長の理想は息子さんである現社長=曽布川能康さんに受け継がれており、「世界人類の子孫のために、きれいな水を残していきたい」という願いを実現するために今も奮闘しておられる。
曽布川 能康 氏 (そぶかわ よしやす、現社長)
昭和40年生まれ。浜松市出身。大学院修了後はテルモ(株)に入社し、研究職に従事。平成9年に大学産業(株)に入社し、営業部に配属。平成22年12月より社長就任。
これまでのコラム
第1回 日本の町工場は人材育成工場
第2回 継ぐ者、継がれる者
第3回 会社を成長に導く社長の共通項とは
筆者紹介 橋本 久義(はしもと ひさよし)
政策研究大学院大学 名誉教授